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ツチノコ観察日記における関連人物

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ツチノコ観察日記における関連人物

ツチノコ観察日記における関連人物

木之倉左之介

ツチノコ―幻の珍獣とされた日本固有の鎖蛇の記録

大日本理化学研究舎(現理化学研究所の前身)に在籍し、有機リン系致死性ガスの研究・開発に従事。

昭和17年(1942年)8月21日、長野県埴科群(はにしなぐん)西条村の山林で捕獲されたツチノコを引き取り、1年間飼育してその観察記録を残す。

太田喜三郎

大日本理科学研究舎の上席研究員。ことのほかツチノコの生態に興味を持ち、よく木之倉のもとを訪れていた。

ツチノコは、他のヘビの奇形とは全く違う別の独立した固有の種であり、クサリヘビ科の亜種もしくは亜科として位置づけるのが適当ではないかとの見解。

また、ツチノコを外来種、とりわけ中国大陸か朝鮮半島からの移入種ではないかとも指摘。しかし、今日に至るまで中国や朝鮮半島でツチノコのような形態を持つヘビの仲間は確認されていない。

大日本理科学研究舎が細菌兵器や毒ガス兵器の開発へ加担し、残酷極まりない様々な方法を用いて生体実験がなされていたことを苦に、昭和18年6月7日に自殺。

益岡岩三郎

大日本理科学研究舎に籍を置き、ハブやマムシの採毒経験を持つことから木之倉とともにツチノコの毒性を研究。

昭和18年8月18日、大日本理科学研究舎へ特別高等警察隊の査察が入った際、かねてより大政翼賛会の国民統制を批判していたことから、逮捕。

同月中に、特別高等警察によって獄中にて殺害された。

現場作業員

ツチノコの第一発見者。

長野県埴科郡西条村の山林で軍令部に従い山林を掘り起こす作業中、地中からツチノコが出てきたところを捕獲。

山形光朋

鉄道省の役人。

現場作業員からツチノコ捕獲の一報を受け、鉄道省上越管区へ報告。

大規模工事の大元である海軍省松代鎮守府から来た木之倉左之介へ、ツチノコを渡す。

佐々井

木之倉の知人で、東京市中の町に住んでいた。

木之倉からツチノコの骨格標本を預かるが、1944年(昭和19年)11月の東京大空襲でツチノコの標本は消失した。  

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