Youtubeやツイッターなど他メディアで利用する場合、当サイトへのリンクを入れていただければ報告の必要は必要ありません。

ツチノコが見つかった!

ツチノコが見つかった!
ツチノコが見つかった!

ツチノコが見つかった!

捕獲されたツチノコ

ツチノコが捕獲された

昭和17年(1942年)8月21日、長野県埴科群(はにしなぐん)西条村の山林で、ツチノコが捕獲された。現場は、旧日本軍の軍令部によって大規模な施設の建設が予定されていたところである。

現場で作業していた者が捕獲し、山形光朋(やまがたみつとも)という鉄道省の役人へ話が伝わり、この事実を鉄道省上越管区へ報告した。

すると、山形の方で処分するよう返信を受けたため、工事を大元で管掌していた海軍省松代鎮守府にその旨を報告した。この時、松代鎮守府から山形の元を訪れることになったのが、木之倉左之介である。

木之倉左之介は、大日本理化学研究舎(現理化学研究所の前身)に在籍、ツチノコの飼育と詳細な観察記録を残した。

捕獲現場の詳細

捕獲現場の詳細

ツチノコを捕獲した現場は、上田市寄りの標高500mほどの丘陵地。

ヒノキや杉が密集した森林地帯で、土質は非常に肥沃であり湿気に富んでいた。

このことから、ツチノコを探すには、単に森の中を探索するのではなく、土質や湿度も重要な要素であることがわかる。

なお、当ホームページの記述は、大日本理化学研究舎(現理化学研究所の前身)に在籍していた木之倉左之介による、ツチノコの飼育と観察記録を元にしている。(出版社の碧天社は2006年に倒産)

長野県埴科群の周辺地図

捕獲されたツチノコと関係者の系譜

1942年(昭和17年)8月21日 長野県埴科群西条村の山林でツチノコを捕獲
1943年(昭和18年)6月7日 上席研究員の太田喜三郎が自殺
1943年(昭和18年)8月18日 ツチノコ毒を研究していた益岡岩三郎が投獄され殺害
1943年(昭和18年)9月17日 ツチノコ死亡
1943年(昭和18年)10月 ツチノコの骨格標本が完成
1943年(昭和18年)12月 理科学研究舎で毒ガス実験失敗、研究員6名が死亡
1944年(昭和19年)2月 理科学研究舎の閉鎖が決定、すべての内部資料が焼却処分 
1944年(昭和19年)4月 木之倉左之介が東京へ転居 
1944年(昭和19年)11月 東京大空襲でツチノコの標本が消失  
1986年(昭和61年)木之倉左之介が他界
2004年(平成16年)6月20日 孫の木乃倉茂が『ツチノコ 幻の珍 捕獲された日本固有の鎖蛇の記録』を出版

ツチノコの発見カテゴリの最新記事